恐らく長い時間をかけて増えて行っただろう日本語の数にまつわる言葉。数える数が増えるとともに文明も進化していったのでしょう。今日のお題は、二十歳(はたち)の語源も含めてその「日本の数の数え方」について。
昔の日本の数の数え方
もひとつあるだろ。
ひい、ふう、みい…ここ、とお。
十以上は、余りの数?
だからそれ以上の数は余りと表現したんだ。
2桁の数の数え方
ちなみに数の数え方だが、
十の位の単位は
10=とを
20=はたち
30=みそぢ
以下、よそぢ、いそぢ、むそぢ、ななそぢ、やぞぢ、ここのそぢ、と続く。
例えば77なら「ななそぢ あまり ななつ」だ。
「とを」が「そ」になまったのだろうね。
で、そのあとに続く「ぢ」という言葉は、ひとつ、ふたつの「つ」がなまったものと考えられている。
十(とを)、二十(はたち)の語源
30以上の数は「みそぢ、よそぢ」と進むのに、「はたち」だけは違う言い方をするね。
これは「果てつ」から来ているという説がある。
全部折ったら、「とを」=十だな。
この状態は、全ての指がたわんだ(折れ曲がった)状態だから「たわ」という。
これが「とを」語源だ。
ちょっとニュアンスが違うような⋯。
「戯(たわむ)れ、戯言(たわごと)、たわけ」の語源は「たわ」が関係
とにかくピンと張った状態からゆるめた状態を「たわ」と言ったんだと思う。
「戯(たわむ)れ、戯言(たわごと)、たわけ」なども「たわ」から派生した言葉。
そんな古文書もあるのかもしれないけど、物知りがシャレで書いたんじゃないかな? 日本人シャレが好きだから。
「たわけ」は気がたわんだ状態だと思うな。
そして「とを」以上を数えるときは、また折った順番に指を立てていく。
指が全部開いたらこれ以上数えられないから「果て」だ。もう諦めるしかない。
これが「果てつ」。つまり「はたち」の語源。
なるほど、もう数えられないね~。
さっきは両手の話だったけど、片手だけが閉じた場合、つまり「いつつ」の「いつ」はどこからきた言葉かな〜?
堅い拳の状態だから、
「厳(いつ)」と関係があるのかも。「厳」とは尊厳な性質のこと。
ちなみに、「ひい、ふう、み、よ、む、や」の6つの数については
ひ(hi)=1→ふ(hu)=2
み(mi)=3→む(mu)=6
よ(yo)=4→や(ya)=8
というように、母音を変えただけで倍数になる数がある。これを「母音交替による倍数関係をなす語」という。
あれ、面白いね~。後の4つは、
い(i)=5
な(na)=7
ここ(hu)=9
と(to)=10 か。
う〜ん、何の関連もない。
まっ、「ひい、ふう、みい」という言葉の成立過程を解く鍵になるかもしれないというだけだな。
今のところ単なる偶然?
今日はこれまでっ!。
今日のお題は前回に続いて「昔の日本の数の数え方 その2」。人数の数え方、日数の数え方、「ついたち、つごもり、みそか」の語源も含めて紹介します。 以下の続きです。 [sitecard subtitle=関連記事 url=https[…]