以前の記事で「僕はどちらかというと『上代特殊仮名遣い』というのは、あくまで一時代のことだから、あまり気にしなくていいのでは?」と書きましたが、「上代特殊仮名遣い」論によって、母音の変遷の過程が解明された意義もあります。今日はその辺について書いてみます。
以前の記事。こっちから読んだ方がわかりやすいです。
神様は空とか上の方にいるから、上(かみ)様だと思っていたら、「いやいや、昔、神は「かむ」だったのじゃ〜」と聞いて、じゃあ神の語源って「噛む」かな? とか思っていたら「だから昔の日本語の母音には甲音と乙音があって〜」⋯⋯とかいう今でも議論のあ[…]
「日と火」の語源は違う?
上代特殊仮名遣いの甲音と乙音の違いから分かったこと。
だけど、文字のない時代の話でしょ?
どうして分かるの?
これも「甲音と乙音」の違いから類推したんだ。
例えば前回話したように、「神(かみ)」という言葉は、神武天皇の本名が「神日本磐余彦」が「カムヤマトイワレビコ」と読まれるように、昔は「かむ」という言葉だった。
それに「い」という母音がついて「かむぃ」となって「み」の乙音が生まれた。
なんで「い」という母音がつくようになったの?
例えば今でも「走る」という動詞が「走り」となると名詞になるように「い」で終わると名詞として納まりがよくなっていったのかもな。
その他、例えば「火(ひ)」は乙音で、「日(ひ)」は甲音だが、「火」はもともと、炎(ほむら、ほのを)の用例のように、「ほ」だった。
それに「い」という母音をつけて「ほぃ」と言おうとしたから「ひ」の乙音が生まれた。
へ〜え、じゃあ、お日様の「日」と「火」は違うんだ〜。「日」は「ほ」と読まないものね。
要は乙音というのは「うぃ」や「おぃ」などという2重母音のことなのね。
子音の甲乙もあるから、そう簡単ではないけど、おおまかにはそういった解釈で良いと思う。
「木(き)」という言葉も、木立(こだち)というように、もともと「こ」だから同様。
同様に「青(あを)」という言葉から「藍(あゐ)」という言葉が生まれた。「ゐ」という言葉はもともと2重母音だから甲乙の区別はない。
じゃあ「赤」は?
奈良時代あたりに「あいうお」に「え」が加わった?
体の一部をあらわす言葉も変化。
赤(あか)のように「ア行」で終わる言葉は朱(あけ)のようにエ行に変化したものが多い。
例えば体の一部をあらわす言葉には、
●「目(ま=まなざし、まぶた、まつげ、まなこ、まばたき)」→「め」
●「手(た=たづな、たうえ)」→「て」
●「爪(つま/つまびく)」→「つめ」
●「毛(か=しらが)」→「け」などがある。
なるほど、「ア行」が「エ行」に変化してるね。
まとめると、
●「ウ行とオ行」で終わる言葉が「イ行」に変化した。
●「ア行」で終わる言葉が「エ行」に変化した。
ここでそれまでの4母音に「エ行」が加わったのね?
要するに「イ行とエ行」で終わる乙音の言葉は、
奈良時代あたりに新しくできた言葉。
例えば「酒(さけ)」という言葉は「エ行」の乙音で終わる。
同時に「酒(さか)屋、酒(さか)蔵、酒(さか)盛り」などの「ア行」で終わる言葉があるから、「さか」という言葉が古いと分かる。
同様に「金(かね)」は「金(かな)物」という言葉があるから「かな」という言葉が古いと分かる。
難しい話はやめて!
奈良時代あたりの、母音の変化の法則。
話は戻るが、昔の「あいうお」の4つの母音の「あうお」に「ぃ」がついて、「あぃうぃおぃ」となって、甲乙合わせて8つの母音となった。
●あぃ→え(乙音)
●うぃ→い(乙音)
●おぃ→い(うぃ→いとは別の乙音)
「お」にも甲乙があるんだ。だから8つ。
これに関してはまた今度説明する。
要は「あいうえお」の甲音+「いえお」の乙音の8つ母音となった。
厳密に言うと、百済からやってきた官僚? にはそう聞こえた。その過程を表にすると以下になる。
左側が昔の「あ、い、う、お」の4つの母音。
右が新しくできた乙音。
(大文字は乙音)
● 1)a + i → E…(目・ま→まぃ→め)
● 2)u + i → I…(神・かむ→かむぃ→かみ)
● 3)O + i → I…(火・ほ→ほぃ→ひ)
● 4)i + a → e
● 5)u + a → o
表の1は「あ」に「ぃ」がついて、「あぃ」となってこれが「え」になったのか。
「あぃ、あぇ、うぇ、え⋯」って感じ?
なるような、ならないような⋯、
でも、なったんだろうね〜。
あれ? 下の2つの例は?
あ、私、今気付いたわ!
別に古代の人は「え」という母音を作りたかったんじゃなくて、
目(ま)のような「あ」という母音で終わる名詞を、当時流行してた「い」で終わる名詞形にしようとして⋯、
例えば目(ま)を→「まぃ」と発音してる間になまって「め」と発音するようになった。
つまり、「え」は「あぃ」と言ってる間になまってできたのよ!
⋯⋯面倒くさいから、話を元に戻すわ。
さっきの表だと
「あ、い、う、お」の4つの母音がもともとあって、
●「え、い」の乙音ができて(1〜3)
●「え」の甲音ができて(4)
●「お」の甲音ができた(5)
のよね?
「お」はもともと乙音だったの? なんで?
古代の日本語は「あいう」の3母音。「お」は新しい母音。
古代の母音「あ、い、う、お」の
「お」は乙音で今の発音とは違うらしい。
どういう成立過程かは分からないが、
「お」も乙音であるかぎり、
「い」と「え」の乙音よりは古いが、新しい発音
なのかも知れない。
だから、そのまた昔は「お」は存在せず、「あ、い、う」の3母音だったのではないかと言われている。
「あ、い、う」は最も発音しやすいし、聞き取りやすい母音だわ。説得力はあると思う。
でも、何か手がかりはあるの?
例えば、ちょっと昔の沖縄では「あ、い、う」3つの母音しか使わなかった。
今の人は5つ使い分けるだろうが、与那国では完全に3母音だったらしい。
つまり、標準語と比べると
●「え」は「い」になり、
●「お」は「う」になる。
「底(そこ)」は「すく」になるし、
「野(の)」は「ぬ」になる。
「沖縄(おきなわ)」という言葉も「うちなわ」となって、「うちな〜」となる。
「うちな〜ぐち」というのは沖縄方言という意味だ。
本日はこれまでっ。
以前、神の「み」は乙音で噛みの「み」は甲音だから、「上代特殊仮名遣い」論に従うとしたら成り立たないと書きました。しかしこの話には続きがあります。「上代特殊仮名遣い」論は正しいかのか間違いなのか、いよいよ結論です。 へっぽこ隊長[…]
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